どうも、初めまして

このブログの管理人

レトロゲームマニアの川野です。

 

このブログを訪れた人は僕に対して

  • バックアップ機能の電池交換をしたり
  • 初代ファミコンをAV化させたり
  • コントローラーの修理したり
  • ディスクシステムの修理をしたり
  • ポケモンの時計機能を復活させたり
  • 自社サイトでゲームを販売したり

一体、なんだコイツは!?

何者なんだ!?

と疑問を持っていると思いますので

今回は本格的に自己紹介していきたいと思います。

 

僕は2016年からインターネットで

レトロゲームソフトの販売を始めて

さらに翌年からは電池交換や修理などのサービスも行うようになり、

今はブログも書いたり、

YouTubeで動画コンテンツも作ったりと

インターネットを軸にゲームをメインにした事業展開を行い

会社経営をしているアラフォーのおっさんです。

 

と言われても

実際にどんな活動をしているのか

よくわからないと思いますので

僕の普段の暮らしを

具体的に箇条書きにしますと

 

  • 毎日、大好きなゲームを好きなだけやれる!

 

  • ゲーム販売で利益がでる仕組みを作ったので自由な暮らしを手に入れる

 

  • 時間に縛られずに毎日を過ごせている(早起きする必要もなく好きなだけ寝れる)

 

  • 普通にお金に困らないぐらい稼げている

 

  • いまだに見たことない・やったことないゲームに出会えるので胸がときめく

 

  • 大好きな電池交換の作業は今でも自分でしている

 

  • レトロゲームを「もっとみんなにやってもらいたい」という理念を持って意欲的に仕事に取り組めている

 

  • もっと上を目指したいと思って40歳になっても、素直にビジネスのことを色々と学べている自分にすごく喜びを感じる

 

  • 向上心と好奇心を持った同じ考え方の仲間と一緒に仕事しているので楽しい

 

  • 自分には出来ないと考えていた価値観が崩壊し、やればできるをモットーに生きているので新しいことに挑戦しまくっている

 

  • 2019年までに年商5000万円を目指している(2020年までには年商1億だ!)

 

  • 僕の話を聞いて、目の前にいる人がキラキラしてくると喜びで爆発しそうな気持ちになる

 

と言った感じです。

 

これが今の僕にとっては当たり前の日常なんですが、

過去のゲーム転売をする前の自分から見たら

今の考え方や行動は異次元です。

 

レトロゲーム販売で稼ぐ?

毎日ゲームして遊んでる?

ビジネスの勉強が楽しい?

結構、稼げている?

意味わからん

怪し過ぎるだろ

状態です。

 

ろくに仕事もしないで

ゲームやってお金稼げるわけねぇ〜だろ

頭おかしーだろ

 

と、

昔の僕がこの記事を読んだら

確実にここに書いていることを

全否定しているでしょうね。

 

だけど、

今ここに書いている

ゲーム販売で稼いで自由な人生を送っているのは

紛れもない事実です。

 

僕はビジネスの才能があったわけでもなく

お金をたくさん持っていて事業を始めれたわけでもありません。

頭が良かったわけではありません。

 

ゲーム転売を始める前は

超貧乏で資金もほぼゼロだったし、

超あほでした。

 

しかも人生における踏ん張りどころで

 

いつもゲームばっかりしてた

「自分に甘い

辛いことからすぐ逃げ出す

ダメ人間だったんです。

 

本当に僕は「自分に甘く」生きてきました・・・

そんな甘ったれて生きてて人生が上手くいくはずねーだろ!

と今の僕なら昔の自分に

と、延髄蹴りをかましてやりたいです。

マジで。

それぐらい酷かったのです。

昔の僕は・・・

 

ということで

今回は僕のプロフィールということで

今はえぇ感じでビジネスをやって

稼いでます〜的なお話から一転、

お恥ずかしい過去の

ゲームばっかりやってダメダメだった話を大公開しながら

そして何をきっかけにゲーム転売を始めて

僕が変化していったのか

語っていきたいと思います。

 

よろしくお願い致します!

ダメ川野の成り立ち

え〜まず僕が過去に

どんな風に育ってきたのか語ります。

小学生の頃

とにかくファミコンばっかりして過ごしてました。

  • スーパーマリオブラザーズ
  • ドラゴンクエスト
  • スーパーチャイニーズ

など

 

宿題なんて全くしない

学校→ファミコン→飯→ファミコン→寝る

みたいな

ファミコンの申し子状態。

親にはしょっちゅう

「ゲームばかりしてたらアホになるよ!」

「そんなもん人生のなんの役にも立たんよ!」

と怒られファミコンを隠されたりする始末。

ファミコンやりすぎあるあるを経て

僕は育ちました。

 

勉強なんてクソつまんねぇ!

嫌だ!

俺はドラゴンクエストをやっていたいんだ!

と常に楽な方へ流れる。

  • ファミコンする
  • ジャンプ読む
  • 11PM(兄の影響)見る

その3つの行動パターンを軸として小学生時代を過ごした。

 

ちなみに小学5年の頃

卵かけご飯をバクバク食べて

体重が70kgオーバーという肥満児になる。

 

小学生時代はずっと

ファミコンをやってました。

中学

僕が通っていた中学はかなり悪かった。

なんと言っても「校長が登校拒否」と朝のワイドショーに取り上げられるほど

ヤンキー比率の高い中学校だったのだから。

 

校舎でタバコを吸うヤンキー

廊下を自転車で走るヤンキー

いきなりローリングソバットをしてくるヤンキー

 

いやいや、ローリングソバットをするのは

タイガーマスクだけでよろしい・・・

 

色んなヤンキーがいた

本当に酷かった。

 

そして不幸なことに

僕はチビでデブでファミコン好きの

大人しい性格だったことから

ヤンキー軍団に目をつけられる存在となってしまい

パシリ&いじめに遭う・・・

 

水筒に毛虫を入れられたり、

油性マジックで顔に落書きされたり

カバンがなくなってたり教科書なくなってたり

弁当が机の上にひっくり返した状態で置かれていたり

授業中に先生がいるのに勝手に連れ出されたり

お昼休みに「お好み焼き食いたいからついて来い」と言われ引っ張りまわされたり

 

本当に散々でした。

学校に行くのが超嫌でした。

 

よく学校の先生に

「いじめられているのか?」

と聞かれたりしたが、

僕の中で妙なプライドが発動して

「いじめられていない」

と強がっていた。

 

いじめられているなんて

自分で認めたくなかった。

 

歯向かう勇気もなく、

ただやられてはヘラヘラしてた。

悔しいという感情よりも

これ以上やられたくない

もう構って欲しくない

放っておいてほしいと

心から思っていた。

 

平穏にスーパーファミコンをしていたい

ただそれだけを願う

超平和主義な中学生だった。

 

さらに僕はこの頃からすでに

勉強が全くわからん状態になって

完全に勉強を放棄し始める。

高校にも行きたくなかった。

 

が、父親にかなり諭された。

「高校だけは行ってくれ」

「父からの最後のお願いだから」

と神妙な面持ちで言われて

僕は高校受験をすることにした。

 

なるべく同じ中学の奴らが行かない

下から3番目ぐらいの地元から遠い高校を選んだ。

 

全く受験勉強をせず、

スーパーファミコンのアクトレイザー

神々の遊びに興じると同時に

 

ゲームボーイの役満

をやりまくっていた。

 

高校受験に落ちてしまったら

父も「しょーがない」と諦めるだろう

とか自分に都合の良い解釈をして

高校受験で受からない

というシナリオを描いていたが

なんと言うことか

「定員割れ」と言う意味のわからんシステムが発動して

受験用紙に名前さえ書けば高校に受かると言う

ありがた迷惑な奇跡が起こった。

 

「あーなんてこったい」と思いながら、

まぁ高校に通い始めて

だるかったら辞めようと簡単に考えて

とりあえず、高校には行ってみる事にした。

 

中学時代はいじめという理不尽に遭いながらも

スーパーファミコンばっかりやって過ごした

 

学校に行きたくない

勉強やりたくない

大人になんてなりたくない

中学3年間のマイフェイバリットは尾崎豊だった。

高校時代

幸いにも高校に

中学の時、僕をいじめていたのヤンキーたちはおらず、

いじめに遭うことはなくなった。

 

本当によかった・・・

 

入試の一件以来、僕は

「なんだ世の中って思っているよりも、ゆるゆるやな〜」

「テキトーにやってりゃいけんじゃん」

というよろしくない価値観を形成してしまい

何でもかんでもテキトーにこなすという悪癖を身につける。

高校行くのもテキトー

バイトもテキトー

人生テキトー

みたいな、

 

当時、流行していた

奥田民生の影響もあって

力抜いて生きている人は格好良いみたいな

勘違いが発生して

 

テキトー価値観を良しとする僕にとって

奥田民生=神

みたいな信仰が生まれ

そしていつの間にか僕は彼に憧れ

ギターを弾くようになった・・・

 

高校生の時に唯一テキトーじゃなかったのが

餓狼伝説スペシャルとKOFシリーズのアーケードゲームだった。

僕は学校をサボって朝からゲームセンターに通った。

マジでダックキングと八神庵は極めた。

対戦アーケードゲームは鬼のように強くなったが

高校3年間、彼女はできなかった

 

同年代のリア充たちは

彼女を作り、チョメチョメしただのしてないだの

の話題で盛り上がっている時に

僕は朝からゲーセン行って

「遊びは終わりだ!」

とかやってるわけで・・・w

そりゃー彼女なんてできるはずないわな。

 

と言うか僕はこの頃、自意識過剰過ぎて

同年代の女子と喋ると

キンチョーし過ぎて頭真っ白になって

何を喋っていいのかわからなくなり

「なに?だるいって」

とか言ってしまう

どーしようもないキモイ奴だった・・・

 

ふ〜〜〜

この頃の自分を思い出すと

マジで宝くじで5億円当たるよりも

タイムマシーンに1回だけ乗せてもらえるチャンスを与えて欲しい

という気持ちになる・・・・

俺も青春を謳歌したかった・・・

アラフォーになったおっさんは心からそう思う。

 

高校生の頃の思い出は

マジでゲーセンの記憶しかない・・・

本当にNEOGEOの対戦ゲーム=高校時代

ゲームばっかりの3年間だった

高校卒業後

なんとか学校生活をテキトーにこなしながら

無事に3年で高校は卒業した。

 

そして就職もせず、

いわゆるフリーターという形で

僕はパチンコ屋さんでバイトした。

 

高校生の時に始めたギターがきっかけで

「俺は将来、ミュージシャンになりたい」

という漠然とした夢を抱くようになり

バンド活動をするようになっていた。

なんか自分には人と違う何かがある
俺は特別な人間だ

ドラクエのロトの血を受け継ぐ勇者のような

そういう選ばれしものの恍惚感と不安と葛藤に浸りながら

僕は自分を過大評価して生きていた。

(中二病の先駆け的な存在だね)

 

そんなことを思っているくせに

  • バンド活動2割
  • バイト4割
  • ゲーム4割

という惰弱なライフサイクルで生活していた。

 

この頃、ゲーム業界は

プレイステーションの登場により

ファミコン以来のゲームバブル期が到来する。

(僕にとってゲームは常にバブル期だったけどね)

 

ゲーマーの僕はバイト代のほとんどをゲームにツッコんだ。

 

この当時、

年齢=彼女居ない歴の僕は

そう、悪魔のゲーム・・・・

にドハマりする。

 

オーソドックスに藤崎詩織に萌えた・・・

 

そして意味わからんゲーム

にもハマってしまい

多くの時間をゲームに費やした。

 

2年間ほど

ゲームばっかりして過ごす

生活サイクルで生きていた。

 

音楽活動の方は、と言うと

そんなもんチョロっとギター弾けるぐらいのゲーム好きの青年が

街中のライブハウスで活動しても

注目されるわけもなく

芽が出るわけもなく

あれ、俺って本当にこれで大丈夫なのか?

と不安が大きく膨らんでくるようになった。

 

来る日も来る日もゲームしてバイト

たまに音楽活動・・・・

本当に自分はいけてるのか?

その不安感は

今まで辛いことしんどいこと

何一つ立ち向かってきたことがなく

ゲームばっかりしてきた僕にとって

目の前のことから逃げ出すには十分過ぎるものだった。

 

僕はいつの間にか音楽の練習をするのが辛くなり

バンドも辞めてゲームばっかりするようになった。

完全な現実逃避である

 

そしてゲームをやり過ぎて

ゲームにも飽き始めた頃

友人に誘われて僕はパチスロに行くようになる。

 

その時に出会ったのがコイツ

RPG要素を初めて取り入れたパチスロ機

という意味のわからん説明文が書いてあるパチスロだったが

RPGと聞いて

ゲーマーの血が騒がない訳がない。

この俺に攻略できないRPGなどない!

意味わからんことを言いつつも

僕はどっぷりパチスロにハマっていったのであった・・・

 

そんな

  • ゲーム3割
  • バイト2割
  • パチスロ5割

の超惰弱なサイクルで生活していると

パチスロで借金まで作ってしまうようになった。

 

そうなってくると

「今まで負けた分をなんとか取り返したい」

とか言い出して毎日パチスロ行くレベルになる。

 

もはやゲームをするヒマさえもなくなり

借金の支払いのためにバイトを多めに入れて

負けを取り戻しにパチスロに行く

負債額が増える・・・

  • バイト4割
  • パチスロ6割

という負のスパイラルだった。

 

僕は大好きで大切なゲームのコレクションを

借金返済のために売ったりする始末だった。

 

ゲームもお金も時間も
あらゆるものが
パチスロに失われていった。

 

そして26歳の時に

パチスロに負けて賢者モードで

こんなことばっかりやっていてはダメだな〜

と本気で考え、

ゲームする時間もないぐらいバイトに行ってるなら

一度、がっつり金を稼ぐために就職してみよう!

そしてボーナスというものを貰って

借金を全部返済しよう!

という考えに至って就職活動を行った。

 

パチンコ屋でバイトしていた

知り合いの知り合いを頼りに

たまたま派遣会社に就職することが決定した。

ダメなものはダメ

さて、ここからもまだまだ怒涛のダメ話が続くのだが、

この26~32歳の数年間に

一切の面白みがないので

ここの話は割愛したい。

 

ただ派遣会社でブラックな感じで

働いて働いて

できちゃった結婚して

働いて働いて

パチスロで借金を作ってしまった僕は

ひたすら働いた・・・

 

そして32歳の頃

  • 頑張って6年間、働いてきた派遣会社にリストラされる(会社で大規模なリストラ)
  • 一緒にリストラになった友人と派遣会社のノウハウをパクって事業を始める
  • 事業をはじめるもうまくいかず、稼げない
  • 上手く稼げていないのに朝から晩までゲームして遊ぶ
  • さらに稼げなくなり友人と喧嘩する
  • 僕はアルバイトをしながら事業を続けるようになる
  • 月収10万円の貧乏生活に突入する

 

という流れで

何とか生き抜いてきたのであった・・・

貧乏川野

ここからは数年前までの

僕が死ぬほど貧乏だった頃の話

 

 

S急便の夜中の倉庫のバイト

という超肉体労働のバイトに行きながら

 

 

笑えないぐらい貧乏な暮らしをしていた。

 

川野家では

近所のスーパーで

「お一人様1パックのみ¥100」の卵の安売りがある日は

家族4人で卵を買いに行った。

ゆで卵に玉子焼きオムライス

卵祭りである。

 

賞味期限切れ間近

見切り品3玉¥15のうどん

これは川野家の主食だった。

大量に買って冷凍してさらに日持ちさせ、

食べるときは大鍋で7~8玉茹でで

鰹節とネギと醤油をかけて食う。

ストロングスタイルのぶっかけうどんだ。

うどんスープですら、川野家では贅沢品だったのだ。

 

ちなみにネギは

一回買って使ったネギの根元を植木鉢に植えておいて

育ったものを刈り取って使う、自家栽培ネギ。

 

家賃が払えなくて

嫁の結婚指輪を金の買取専門店に売って

家賃を払ったりもした。

 

マジでこの平成の世の中にこんな貧乏な暮らしがあったのか

と思うぐらい貧乏だった。

 

当時、川野家では

吉野家で牛丼を食べること

チップスターを食べること

が富の象徴とされていた。

 

ガチで貧乏だった。

 

救いだったのは

嫁も子供もこんな貧乏な暮らしを

一切、悲観せず

僕を応援してくれていたことだ。

「父ちゃん、いつか焼肉に連れて行ってな」

息子2人には、よく言われた。

「前のやつよりええ結婚指輪買えるように頑張ってな」

嫁に言われた。

 

全俺が泣いた・・・

 

僕は

「今やらずにいつやるのだ!」

と奮起し、

辛さにくじけそうになりながらも

なんとか家族に支えられて

この辛い時期を頑張った。

 

僕はこの頃から

人生において辛いことから逃げることを

完全なる悪と考えるようになり、

人のために生きる

という精神が確立された。

脱「自分に対して甘い性格」

の瞬間だった。

 

こんな失敗ばかりだった

カスみたいな人生の自分を

まだ期待してくれている

息子と嫁のためにも

どぎゃんかせんといかん!!

と本気で金を稼ぐためにどうすればいいのか

そのことを本気で考えるようになった。

ゲーム転売との出会い

人生におけるどん底の時代を味わっていた川野だったが

家族の温かい支えによって

腐らずに人生を変えたいと

本気で奮起した川野

 

さて、このあと

どうなっていくのか!?

 

昼間は派遣の仕事

2日に1回、夜中のバイト

僕は一生懸命頑張った。

 

人生においてメチャクチャ真面目に頑張った日々だったと思う。

 

しかし残酷なことに

半年が経過し、1年が経っても

派遣の売り上げは復活しなかった・・・

 

そして気がつけば

上手くいかないまま3年の月日が流れた・・・

 

貧乏から抜け出す糸口が見つからない・・・

だが僕は

嫁と息子のためにも

絶対に貧乏から抜け出さなければならない!

何とかしないといけない

そう考えていた時・・・

 

僕はネットで

Amazon転売は稼げる!

というブログ記事を見つける。

 

いつもの僕なら「あ、そう」で

スルーする内容のタイトルなんだけど

その日は友人と

派遣の仕事がなかなか上手く回復できないな、

どうやっていけば派遣の仕事でもっと稼げるのか

膨大な時間を費やして話をして

結局、解決策が見出せないまま

ちょっと絶望感を抱いて

帰宅した日の夜だったのだ。

 

Amazon転売は稼げる!

怪しいなと思いながらも

「こういう稼げます風の情報って、どんな時代でもあるけど一体何なんだよ?」

僕は派遣の仕事で上手く稼げない苛立ちから

サイトを開いて内容を読んでみることにした。

 

  1. ネットを使えば誰でも簡単に稼げます
  2. スマホの普及によってたくさんの人がネットに集中しているからです
  3. ネットでストアを持つことは1ヶ月¥5,000ぐらいで出来ます
  4. 安く仕入れて高く売れる商品を取り扱えば儲かるでしょ

 

書いていることは

超まともなことで

全て頷ける内容だった。

 

「あれ、意外と普通のことが言われているんだな」

「なんかそんなに怪しいわけでもないんだな」

 

という印象を受けた僕は

もっとたくさんの情報を知りたくなり

色んなサイトを見まくった。

 

その結果、僕は

「ん〜なんか、やれそうな気がする・・・」

という感情が芽生えてくる。

 

怪しさと胡散臭い気持ちは

どれだけ情報を読んでも拭えなかったが

いつ貧乏から抜け出せるのか見えない恐怖感が

僕を衝き動かした。

 

そして知り得た情報の中で

一番、信頼できる情報発信者から

僕は転売における情報商材というもの

¥7,000出して買ってみた。

 

2016年

僕は遂にその後の人生を変える

Amazon転売に乗り出したのである。

 

Amazon転売をはじめてみたところ

最初はわからないことだらけだったけど、

実際にやってみると覚えることは少なかった。

 

そしてなんと普通に

1ヶ月目で2万円稼げた・・・

 

は?

まだ転売をよくわかっていない

物販素人の俺が・・・

言われた通りにやってみただけで

普通に2万円稼げた・・・

 

ってことは

もっと扱う商品をしっかりリサーチして

力をかけてやれば、

もっと稼げるのではないか・・・・

 

そこで僕は

派遣の仕事、2日に1回の夜中のバイト

それ以外の空いている時間

全てを商品リサーチに費やした。

 

そして今のビジネスの主軸である

レトロゲーム市場を見出した。

 

好きなことをビジネスにすると言う点でも

ゲーム好きの僕にとってはぴったりだった。

 

僕は初月に稼げた2万円を

全部ゲーム転売にぶっ込んだ。

そしたら次は5万円稼げた。

僕は小躍りした。

 

そして3ヶ月目、僕は勝負にでた。

嫁を説得して嫁のバイト代3万円も上乗せして

稼げた5万円+嫁バイト代3万円

合計8万円分、ゲーム転売にぶっ込んだ。

 

そしたらなんと、14万円稼げたのだ。

 

感覚で言うならば

絶対に負けないパチスロ状態である。

 

お金を突っ込めば増えるのである。

 

これはもう紛れもなく稼げる!

そう確信した僕は

この段階になってようやく友人に

派遣よりも熱いことがある

それはゲーム転売だ!

と言って今までの3ヶ月間のことを打ち明けた。

 

さすがに友人はかなり戸惑っていたが

実際に稼げている以上、

僕のやろうとしていることは止めなかった。

 

そして僕は

確実に稼げるということを立証させるため

本気になるために

夜中のバイトをやめて

4ヶ月目、ゲーム転売に全てを注いだ。

時間をたっぷりかけて

リサーチしまくって

14万円分、ぶっ込んでみたところ

28万円の稼ぎをはじき出した。

 

あとは倍倍ゲームである。

仕入れにかけたお金分、稼げた。

 

 

ちなみに友人は5ヶ月目以降、

派遣よりもゲーム転売のほうが

確実にローリスクで稼げると言うことに気づき

僕の手伝いをしてくれた。

彼の活躍があったからこそ、

僕がゲーム転売で結果を出すスピードは

加速できたのだと思う。

 

そして冒頭に書いていたような

 

  • ゲーム販売で利益がでる仕組みを作ったので自由な暮らしを手に入れる

 

  • 普通にお金に困らないぐらい稼げている

 

という状態を

僕はゲーム転売で手に入れたのだ!

 

稼げるようになった僕は

約束通り息子らを「焼肉屋」に連れて行った。

 

焼肉をたらふく食べさせてあげようとしたら、

ヤツらは普段、2本までしか食べさせてもらえないウインナーに

心を奪われてウインナーばっかり注文して

肉を食べなかったw

 

微笑ましい風景だったが、

父親としては、なんだか複雑な気持ちだった。

 

嫁にも新しい指輪を買ってあげることができた!

(本当にいい値段の物を買いやがった・・・)

 

 

あれだけダメダメだった男

「自分に対して甘い性格」

辛いことからすぐに逃げ出していた僕は

ゲーム転売によって

一つのことを成し遂げる事ができ、

マイナス人生がプラス人生に変わったのだ!

 

 

全てを手に入れたとは、

まだ言えないけど

僕はゲーム転売を通して

これからの人生で何があっても

自分の力と知識であらゆることは乗り越えて行けるな

という揺るぎない自信を手に入れる事ができた。

 

何事もやったらできる
やってみる

(息子たちの幼稚園の合言葉)

 

これが今の僕の理念です。

 

もし、このプロフィールを読んでくれている誰かが

こんなダメダメだった川野でも

ここまで人生を変える事ができたんなら、自分だって・・・・

と人生を変化させるきっかけになってくれれば、

これ以上の喜びはないです!

 

 

そんじゃ、まぁ今日も

ゲームでもやって遊びますか〜

 

 

以上が僕のレトロゲーム物語である。

 

ここまで長い文章を読んで頂きまして

本当にありがとうございます!

 

ーーーーーーーー
ゲームは人生において無駄な時間なのか!?

どうも、管理人の
レトロゲームマニア川野です。
僕は現在、ゲームの転売・ブログ・YouTubeなどで会社経営をする
アラフォーのおっさんです。

いきなりこんなことを書いてると
何だコイツ、超怪しいと思いますよね。
確かに数年前の僕がこれを見たら間違いなく
コイツ怪しいわ〜胡散臭いわ〜
ってなったと思います。

だけど僕が今、ゲームを販売・ブログ・YouTubeなどで
収益をあげている事は紛れもない事実です。

そこで今回、どうやって
「毎日、好きなゲームをしながらお金が稼げる!」
って状態になれたのか、その秘密を大暴露します!

↓ ↓ ↓
【大暴露】ゲーム転売(せどり)は稼げるのか?の全貌を公開します!
↑ ↑ ↑
こちら