どうも、初めまして

このブログの管理人

レトロゲームマニアの川野です。

 

このブログを訪れた人は僕に対して

  • バックアップ機能の電池交換をしたり
  • 初代ファミコンをAV化させたり
  • コントローラーの修理したり
  • ディスクシステムの修理をしたり
  • ポケモンの時計機能を復活させたり

一体、なんだコイツは!?

何者なんだ!?

と疑問を持っていると思いますので

 

今回は本格的に

自己紹介していきたいと思います。

 

僕は2016年からインターネットで

レトロゲームソフトの販売を始めました。

 

さらに翌年からは

ファミコンソフトなどレトロゲーム機の

電池交換や修理などのサービスも行うようになり、

 

今はブログも書いたり、

YouTubeで動画コンテンツも作ったりと

 

インターネットを軸に

ゲームをメインにした事業展開を行い

ファミコンで遊べば遊ぶほど、

お金が稼げる仕組みを作った男として

会社経営をしているアラフォーのおっさんです。

 

と言われても

実際にどんな活動をしているのか

よくわからないと思います。

 

なので、僕の普段の暮らしを

具体的に箇条書きにしますと

 

  • 毎日、大好きなゲームを好きなだけやれる!

  • ゲーム販売で利益がでる仕組みを作ったので自由な暮らしを手に入れる

  • 時間に縛られずに毎日を過ごせている(早起きする必要もなく好きなだけ寝れる)

  • 毎月50万円以上の利益を生み出す。

  • いまだに見たことない・やったことないゲームに出会えるので胸がときめく

  • 大好きな電池交換の作業は今でも自分でしている

  • レトロゲームを「もっとみんなにやってもらいたい」という理念を持って意欲的に仕事に取り組めている

  • もっと上を目指したいと思って40歳になっても、素直にビジネスのことを色々と学べている自分にすごく喜びを感じる

  • 向上心と好奇心を持った同じ考え方の仲間と一緒に仕事しているので楽しい

  • 自分には出来ないと考えていた価値観が崩壊し、やればできるをモットーに生きているので新しいことに挑戦しまくっている

  • 2019年までに年商5000万円を目指している(2020年までには年商1億だ!)

  • 僕の話を聞いて、目の前にいる人がキラキラしてくると喜びで爆発しそうな気持ちになる

と言った感じです。

 

これが今の僕にとっては当たり前の日常なんですが、

過去のゲーム転売をする前の自分から見たら

今の考え方や行動は異次元です。

 

レトロゲーム販売で稼ぐ?

毎日ゲームして遊んでる?

ビジネスの勉強が楽しい?

結構、稼げている?

意味わからん

怪し過ぎるだろ

状態です。

 

ろくに仕事もしないで

ゲームやってお金稼げるわけねぇ〜だろ

頭おかしーだろ

 

と、

昔の僕がこの記事を読んだら

確実にここに書いていることを

全否定しているでしょうね。

 

だけど、

今ここに書いている

ゲーム販売で稼いで自由な人生を送っているのは

紛れもない事実です。

 

僕はビジネスの才能があったわけでもなく、

お金をたくさん持っていて事業を始めれたわけでもなく、

頭が良かったわけではありません。

 

ゲーム販売を始める前は

事業に失敗して超貧乏で借金まみれ

それなのに

サラリーマンに戻りたくない〜

とか言ってたバイトでなんとか食いつないでいた

超・超・超ダメ人間でした。

 

さらに幼少期から大人になるまでで考えても

いつもゲームばっかりしてた

「自分に甘い

辛いことからすぐ逃げ出す人間だったんです。

 

本当に僕は「自分に甘く」生きてきました・・・

そんな甘ったれて生きてて人生が上手くいくはずねーだろ!

と今の僕なら昔の自分に

と、延髄蹴りをかましてやりたいです。

マジで。

それぐらい酷かったのです。

昔の僕は・・・

 

ということで

今回は僕のプロフィールということで

今はえぇ感じでビジネスをやって

稼いでます〜的なお話から一転、

お恥ずかしい過去の

ゲームばっかりやってダメダメだった話を大公開しながら

そして何をきっかけにゲーム転売を始めて

僕が変化していったのか

語っていきたいと思います。

 

よろしくお願い致します!

ダメ川野の成り立ち

え〜まず僕が過去に

どんな風に育ってきたのか語ります。

小学生の頃

とにかくファミコンが大好きで

ゲームばっかりしてる小学生でした。

  • スーパーマリオブラザーズ
  • ドラゴンクエスト
  • スペランカー
  • グーニーズ
  • スーパーチャイニーズ

など

数え上げたら大好きなゲームは枚挙ないです。

 

宿題なんて全くしない

学校→ファミコン→飯→ファミコン→寝る

みたいな

ファミコンの申し子状態。

 

親にはしょっちゅう

「ゲームばかりしてたらアホになるよ!」

「そんなもん人生のなんの役にも立たんよ!」

と怒られ

 

ファミコンを隠されたりする始末。

ファミコンあるあるですねw

こんな感じで育ちました。

 

勉強なんてクソつまんねぇ!

嫌だ!

俺はドラゴンクエストをやっていたいんだ!

と常に楽な方へ流れる。

  • ファミコンする
  • ジャンプ読む
  • 宿題なんてやらない

その3つの行動パターンを軸として小学生時代を過ごした。

 

ちなみに小学5年の頃

卵かけご飯をおやつとしてバクバク食べて

体重が70kgオーバーという肥満児になる。

 

小学生時代はずっと

ファミコンをやってました。

中学

僕が通っていた中学はかなり悪かった。

なんと言っても「校長が登校拒否」と朝のワイドショーに取り上げられるほど

ヤンキー比率の高い中学校だったのだから。

 

校舎でタバコを吸うヤンキー

廊下を自転車で走るヤンキー

いきなりローリングソバットをしてくるヤンキー

いやいや、ローリングソバットをするのは

タイガーマスクだけでよろしい・・・

 

色んなヤンキーがいた

本当に酷かった。

 

そして不幸なことに

僕はチビでデブでファミコン好きの大人しい性格だったことから

ヤンキー軍団に目をつけられる存在となってしまい

パシリ&いじめに遭う・・・

 

水筒に毛虫を入れられたり、

油性マジックで顔に落書きされたり、

カバンがなくなってたり、

教科書なくなってたり、

机の上に弁当がひっくり返した状態で置かれていたり、

授業中に先生がいるのに「お好み焼き食いたいからついて来い」と勝手に連れ出されたり、

 

本当に散々でした。

学校に行くのが超嫌でした。

 

よく学校の先生に

「いじめられているのか?」

と聞かれたりしたが、

 

僕の中で妙なプライドが発動して

「いじめられていない」

と意味わからん強がりを言っていた。

 

いじめられているなんて

自分で認めたくなかった。

 

歯向かう勇気もなく、

やられては、ただヘラヘラ笑うだけだった・・・。

 

悔しいという感情よりも

これ以上やられたくない・・・もう構って欲しくない・・・

放っておいてほしいと心から思っていた。

 

平穏にスーパーファミコンをしていたい

ただそれだけを願う

超平和主義な中学生だった。

 

さらに、すでにこの頃から

勉強が全くわからん状態になって

完全に勉強をやらなくなった。

 

僕には4つ年上の兄がいて

兄は高校に行かず、中卒で働いていたので

僕も高校にも行かないつもりだった・・・。

 

が、父親にかなり諭された。

 

「兄みたいになるな、高校だけは行ってくれ」

「父からの最後のお願いだから」

と神妙な面持ちで言われて

僕は高校受験をすることにした。

 

なるべく同じ中学の奴らが行かない

下から3番目ぐらいの地元から遠い高校を選んだ。

 

全く受験勉強をせず、

親に隠れてスーパーファミコンのアクトレイザー

神々の遊びに夢中になっていた。

 

勉強机に向かっているふりをして

ゲームボーイの役満をやりまくっていた。

 

高校受験に落ちてしまったら

父も「しょーがない」と諦めてくれるだろう

とか、自分に都合の良い考え全開だった。

 

高校受験で受からない

というシナリオを描いていたが

なんと言うことか

「定員割れ」と言う意味のわからんシステムが発動して

受験用紙に名前さえ書けば高校に受かると言う

迷惑な奇跡が起こった。

 

「あーなんてこったい」と思いながら、

まぁ高校に通い始めて

だるかったら辞めようと簡単に考えて

とりあえず、高校には行ってみる事にした。

 

中学時代はいじめという理不尽に遭いながらも

スーパーファミコンばっかりやって過ごした

 

学校に行きたくない

勉強やりたくない

大人になんてなりたくない

中学3年間のマイフェイバリットは尾崎豊だった。

高校時代

幸いにも新しく通う高校に

僕をいじめていたのヤンキーたちはおらず、

いじめに遭うことはなくなった。

 

本当によかった・・・

 

入試の一件以来、僕は

「なんだ世の中って思っているよりも、ゆるゆるやな〜」

「テキトーにやってりゃいけんじゃん」

というよろしくない価値観を形成してしまい

何でもかんでもテキトーにこなすという悪癖を身につける。

 

高校行くのもテキトー

バイトもテキトー

人生テキトー

みたいな。

 

当時、流行していた

奥田民生の影響もあって

力抜いて生きている人は格好良いみたいな

勘違いが発生していた。

 

テキトー価値観を良しとする僕にとって

奥田民生=神

みたいな信仰が生まれた。

 

そしていつの間にか僕は彼に憧れ

ギターを弾くようになった・・・。

 

高校生の時に唯一テキトーじゃなかったのが

餓狼伝説スペシャルとKOFシリーズのアーケードゲームだった。

 

僕は学校をサボって朝からゲームセンターに通った。

マジでダックキングと八神庵は極めた。

対戦アーケードゲームは鬼のように強くなったが

高校3年間、彼女はできなかった。

 

同年代のリア充たちは

彼女を作り、チョメチョメしただのしてないだの

の話題で盛り上がっている。

 

それなのに僕は、朝からゲーセン行って

「遊びは終わりだ!」

とかやってるわけで・・・w

そりゃー彼女なんてできるはずないわな。

 

と言うか僕はこの頃、自意識過剰過ぎて

同年代の女子と喋ると

キンチョーし過ぎて頭真っ白になった。

 

何を喋っていいのかわからなくなり

「なに?だるいって」

とか言ってしまう

どーしようもないキモイ奴だった・・・。

 

当時、中二病という言葉はなかったが

今思えば、まさに僕は中二病だった。(笑)

 

高校生の頃の思い出は

学校サボってゲーセン行ってた記憶、

女の子と全く喋れなかった記憶しかない。

泣きたい。

 

高校時代=NEOGEOの対戦ゲーム

またもゲームばっかりの3年間だった

高校卒業後、そして社会人へ

なんとか学校生活をテキトーにこなしながら

無事に3年で高校は卒業した。

 

そして就職もせず、

いわゆるフリーターという形で

僕はパチンコ屋さんでバイトした。

 

高校生の時に始めたギターがきっかけで

「俺は将来、ミュージシャンになりたい」

という漠然とした夢を抱くようになった。

 

バンド活動もやり始めた。

なんか自分には人と違う何かがある
俺は特別な人間だ

ドラクエのロトの血を受け継ぐ勇者のように。

 

俺には何かある。

そういう選ばれしものの恍惚感と不安と葛藤に浸りながら

僕は自分を過大評価して生きていた。

(中二病だからね・笑)

 

そんなことを思っているくせに

  • バンド活動2割
  • バイト4割
  • ゲーム4割

という、夢を追うかっこいい青年とは、かけ離れた

自分に甘いライフサイクルを送っていた。

 

この頃、ゲーム業界は

プレイステーションの登場により

ファミコン以来のゲームバブル期が到来する。

(僕にとってゲームは常にバブル期だったけどね)

 

ゲーマーの僕はバイト代のほとんどをゲームにツッコんだ。

 

この当時、

年齢=彼女居ない歴の僕は

そう、悪魔のゲーム・・・・

にドハマりする。

 

オーソドックスに藤崎詩織に萌えた・・・

 

そして意味わからんゲーム

にもハマってしまい

多くの時間をゲームに費やした。

 

2年間ほど、

ゲームばっかりして過ごす

生活サイクルで生きていた。

 

音楽活動の方は、と言うと

そんなもんチョロっとギター弾けるぐらいのゲーム好きの青年が

街中のライブハウスで活動しても

注目されるわけがない。

 

芽が出るわけもなく

あれ、俺って本当にこれで大丈夫なのか?

と不安が大きく膨らんでくるようになった。

 

来る日も来る日もゲームしてバイト

たまに音楽活動・・・・

本当に自分はいけてるのか?

 

その不安感は

今まで辛いことや、しんどいこと

何一つ立ち向かってきたことがなく

ゲームばっかりしてきた僕にとって

目の前のことから逃げ出すには十分過ぎるものだった。

 

僕はいつの間にか音楽の練習をするのが辛くなり

バンド活動も辞めてゲームばっかりするようになった。

完全な現実逃避である

 

そして暇を持て余した僕は

バイト仲間に誘われて

パチスロに行くようになる。

 

その時に出会ったのがコイツ

RPG要素を初めて取り入れたパチスロ機。

 

意味のわからん説明文が書いてあるパチスロだったが

RPGと聞いて

ゲーマーの血が騒がない訳がない。

 

この俺に攻略できないRPGなどない!

意味わからんことを言いつつも

好きなものに異常なまでに凝り性を発揮する僕は

どっぷりパチスロにハマっていったのであった・・・

 

そんな

  • ゲーム3割
  • バイト2割
  • パチスロ5割

の超・超・超うんこちゃんな

サイクルで生活していると

パチスロで借金まで作ってしまうようになった。

 

そうなってくると

「今まで負けた分をなんとか取り返したい」

とか言い出して毎日パチスロ行く

パチンコ依存症レベル。

 

もはやゲームをするヒマさえもなくなり

借金の支払いのためにバイトを多めに入れて

負けを取り戻しにパチスロに行く。

 

負債額が増える・・・

  • バイト4割
  • パチスロ6割

という負のスパイラルだった。

 

僕は大好きで大切なゲームのコレクションを

借金返済のために売ったりする始末だった。

 

ゲームもお金も時間も
あらゆるものが
パチスロに失われていった。

 

そして26歳の時に

パチスロに負けて賢者モードになった僕は、

こんなことばっかりやっていてはダメだな〜

と一念発起。

 

ゲームする時間もないぐらいバイトに行ってるなら

一度、がっつり金を稼ぐために就職してみよう!

そしてボーナスというものを貰って

借金を全部返済しよう!

という考えに至って就職活動を行った。

 

パチンコ屋でバイトしていた

知り合いの知り合いを頼りに

たまたま派遣会社に就職することが決定した。

ダメなものはダメ

さて、ここからもまだまだ怒涛のダメ話が続くのだが、

この26~32歳の数年間に

一切の面白みがないので

ここの話は割愛したい。

 

ただ派遣会社でブラックな感じで

働いて働いて働いて。

 

パチスロの借金が残っていたのに

当時、付き合っていた彼女とできちゃった結婚して

働いて働いて働いて。

 

いつしか僕は

ただ毎月の生活費や借金の支払いのために

お金のために働かねばならない

普通のおっさんになっていた

 

そして32歳の頃

頑張って6年間、働いてきた派遣会社に

「能力なし・社会不適合者だなお前」と罵声を浴びせられ、

リストラされた。

 

(会社での大規模なリストラだったとは言え、僕は、はみだし者の烙印を押された)

 

そして、

一緒にリストラになった年齢の近い同僚と

またサラリーマンで、再就職して働くの嫌だなぁ〜

と意気投合。

 

派遣会社のノウハウをパクって

二人で事業を始めてみることにした。

 

最初の頃は、なんとなーく稼げたが

二人が飯食っていくのがやっとの生活。

とりあえず、なんとかなってるから

まぁいいか的な

楽観的なノリで

ゲームばっかりして過ごしてしまう。

 

この時にPS2の

に、どハマりして

さらにPS3で

にも、どハマり。

マスターリーグオンラインで優勝を重ねるほどの猛者となる。

 

そんな感じで3年の月日が流れたとき・・・

 

気づいたら僕らは、

借金まみれになっていた・・・

派遣の仕事は全く稼げない・・・

友人は「もう無理だ」と言って

再就職の道へ。

 

僕は「楽してお金を稼ぎたい」という欲を捨てきれず、

今回、ダメだったのはちょっとゲームし過ぎたからだ・・・

うん、まだまだ稼げるはず・・・

 

一発逆転あるかもしれないと思い

派遣の仕事を一応、続けることにした。

そんなスケベ心を抱いていたら、

逆に凄まじく貧乏になってしまった。

貧乏川野

ここからは、

僕が死ぬほど貧乏だった頃の話。

 

派遣の仕事でちゃんと稼げてないのに

再就職、サラリーマンに戻ることが嫌で

自分で事業を続けることにして

明日、食べる飯がないぐらいの状況に陥った僕は

 

緊急でS急便の夜中の倉庫のバイト

日払いでお金がもらえる超肉体労働のバイトに行った。

 

 

昼間は派遣の仕事で一発逆転を目指しつつ、

2日に1回、夜中のバイト

僕は一生懸命頑張った。

 

いや、頑張っているつもりだった。

 

今にして思えば、

ゲームしか取り柄のない勉強もできないバカな人間。

 

そんな人間が一発逆転、楽して稼ぎたいわ〜

のマインドでやっていた派遣の仕事。

 

邪(よこしま)な気持ちしかない。

そりゃそんなもんが上手くいくはずがない・・・

 

僕はいつか稼げる日が来るはずだ

というパチンコ的な発想・・・

ギャンブル狂の呪いから抜け出せず、

いつまで経っても稼げない派遣の仕事にこだわった。

 

今にして思えば、

自分に甘い男・川野。

 

貧乏から抜け出したい!

と思いながらも、

サラリーマンには戻りたくね〜

あんな朝から晩までペコペコ頭下げて

ストレスにまみれながら

働くの嫌だぁー!

それが本音だった。

 

ただ「自分に甘い」それだけだった。

 

当たり前だが、

そんな川野に

お金がないという現実

ガチで貧乏な暮らしは

容赦無く襲いかかってきた。

 

川野家では

近所のスーパーで

「お一人様1パックのみ¥100」の卵の安売りがある日は

家族4人で卵を買いに行った。

 

当時、小学2年生と幼稚園の息子を

レジに並ばせるのである(笑)

 

そしてその日の晩は

ゆで卵に玉子焼きオムライス

卵祭りである。

 

業務用スーパーで賞味期限切れ間近

見切り品3玉¥15のうどん

これは川野家の主食だった。

 

大量に買ってきて冷凍して

無理矢理、日持ちさせる。

 

食べるときは大鍋で7~8玉茹でて

怪しいディスカウントショップで買ってきた

賞味期限切れ間近、1缶¥10の「そうめんつゆ」をぶっかけ

ネギを散らして食べる。

 

ストロングスタイルのぶっかけうどんだ。

うどんスープですら、川野家では贅沢品だったのだ。

 

ちなみにネギは

一回買って使ったネギの根元を植木鉢に植えておいて

育ったものを刈り取って使う、自家栽培ネギ。

 

家賃が払えなくて

嫁の結婚指輪を金の買取専門店に売って

家賃を払ったりもした。

 

マジでこの平成の世の中にこんな貧乏な暮らしがあったのか

と思うぐらい貧乏だった。

 

当時、川野家では

吉野家で牛丼を食べること

一人で一本の長いチップスターを食べること

が富の象徴とされていた。

 

ガチで貧乏だった。

 

そんな生活で

半年が経過し、1年が経っても

派遣で儲けることはできなかった・・・

 

そして気がつけば

「なんとかせねば」と思いながら

上手くいかないまま、嫁と息子に貧しい思いをさせて

3年の月日が流れた・・・

 

救いだったのは

嫁も子供もこんな貧乏な暮らしを

一切、悲観せず

僕を応援してくれていたことだ。

 

「父ちゃん、いつか焼肉に連れて行ってな」

息子2人には、よく言われた。

 

「前のやつよりええ結婚指輪買えるように頑張ってな」

パートで収入を支えてくれている嫁に言われた。

 

貧乏生活5年目にして、

僕は、

自分の「サラリーマンで働きたくない」というわがままが

貧乏という問題を引き起こし、

 

本来は僕が守るべき家族に

苦しい思いをさせている

逆に俺が支えられているじゃねーか!

 

と気付かされた。

 

全俺が泣いた・・・

 

僕は

「今やらずにいつやるのだ!」

と奮起し、そして思うだけではなく行動した。

 

お金を稼ぐということに全く無知だった僕は

まず、何をしたらいいのかわからなかったが、

アホなままじゃ絶対にダメだ

知識を得ねば何にも出来ん

と直感的に思ったので

とりあえず、本を読んでみることにした。

 

たまたまブックオフで¥100で買ったこの本

僕はこの本から色んなことを学んだ。

 

そして、

人生において辛いことから逃げることを

完全なる悪と考えるようになり、

人のために生きる

という精神が確立された。

 

脱「自分に対して甘い性格」

の瞬間だった。

 

こんな失敗ばかりの

辛いことから、いつも逃げて逃げて

カスみたいな人生の自分を

まだ期待してくれている

息子と嫁のためにも

どぎゃんかせんといかん!!

と本気で金を稼ぐためにどうすればいいのか

そのことだけを考えるようになった。

ゲーム転売との出会い

人生における

どん底の時代を味わっていた川野だったが

家族の温かい支えと

一冊の本によって

少しずつ変わろうとしていた。

 

どれだけやっても上手くいかない派遣の仕事。

 

僕は「夢をかなえるゾウ」を何回も読んでいくにつれ、

派遣の仕事で上手くいかないのは

本当に一生懸命になれないのは

好きなことをやってないからではないか

と気付いた。

 

そして、

これから何かを始めるのなら

なんか自分の今までやってきたことを活かして

好きなことを活かして

一生懸命になれることで仕事をするべきではないか?

そう考えるようになった。

 

そんな時、

 

僕はネットで

Amazon転売は稼げる!

というブログ記事を見つける。

 

前までの僕なら「あ、そう」で

スルーする内容のタイトルなんだけど

 

本気で派遣以外の何かを始めないと

貧乏から抜け出せないと危機感たっぷりになっていた僕は、その

Amazon転売は稼げる!

というサイトを

怪しいなと思いながらも

開いて内容を読んでみることにした。

 

  1. ネットを使えば誰でも簡単に稼げます
  2. スマホの普及によってたくさんの人がネットに集中しているからです
  3. ネットでショップを出すのは月数万円のコストで出来ます
  4. 安く仕入れて高く売れる商品を取り扱えば儲かるでしょ

 

書いていることは

超まともなことで

全て頷ける内容だった。

 

「あれ、意外と普通のことが言われているんだな」

「なんかそんなに怪しいわけでもないんだな」

 

という印象を受けた僕は

もっとたくさんの情報を知りたくなり

色んなサイトを見まくった。

 

その結果、僕は

「ん〜なんか、やれそうな気がする・・・」

という感情が芽生えてくる。

 

怪しさと胡散臭い気持ちは

どれだけネットで調べまくっても拭えなかったが

いつ貧乏から抜け出せるのか見えない恐怖感が

僕を衝き動かした。

 

そして知り得た情報の中で

一番、信頼できる情報発信者から

僕は転売における情報商材というもの

¥7,000出して買ってみた。

 

2016年

僕は遂にその後の人生を変える

Amazon転売に乗り出したのである。

 

Amazon転売をはじめた頃は、

わからないことだらけだったけど、

教材に書かれていた内容。

 

家電量販店に行ってバーコードをピコピコ調べる

ビームせどりってヤツをやってみた。

 

とにかくわからないなりにも

教材に書いてある通り

ガムシャラにやってみたのだ。

 

そして一ヶ月

ものすごく頑張ったのに

稼げた金額は、

たった2万円だった・・・

 

なんという微妙な金額・・・

 

確かにまだ転売をよくわかっていない

転売素人の俺が2万円稼げた・・・

 

これは、これで素晴らしいことなんだろうけど、

 

でも、2万円じゃ

 

貧乏から抜け出すことはおろか、

生活していけないわ・・・

と思った。

 

そんな時だった・・・

 

ハァ〜Amazon転売で

メッチャ稼げる商品ってなんなんやろー

と考えていた時、

 

これは神の啓示なのか

少し前に、どうしてもやりたくなって買った

ファミコンソフトのドラクエ4のことが脳裏をよぎった。

 

 

ファミコンソフトを

Amazonで販売したらいいのではないか?

と気づいたのである。

 

これなら、

ゲームが好きなことが活かされる!

昔のゲームソフトのことなら人一倍わかるぞ

 

俺は人間をやめるぞぉぉぉー

のイラストがなぜか頭によぎった(笑)

 

そして僕は

レトロゲーム転売に乗り出したのだ。

 

好きなことをビジネスにすると言う点でも

ゲーム好きの僕に

ゲーム転売はぴったりだった。

貧乏川野の終焉

Amazonでゲームソフトの販売を始めた川野。

最初は中古商品を扱う難しさや、

電池交換のリペア作業などで

ちょっとつまづいたりしたが、

好きこそ物の上手なれ

色々と頑張って壁を乗り越えていった。

 

そして、想像通り

昔のゲームソフトは

Amazonでバンバン売れた。

 

ゲーム転売を始めて4ヶ月目

僕は月収15万円稼いだ。

 

これはいける!

 

確信した僕は

さらにレトロゲーム転売に

全身全霊をかけて取り組んだ。

 

そりゃーもう

家にどんだけゲームソフトあるねん!

ってぐらい。

ゲームソフトを仕入れまくった。

 

5ヶ月目、20万円利益

6ヶ月目、40万円利益

 

倍倍ゲームだった。

仕入れにかけたお金分、稼げた。

 

そして冒頭に書いていたような

  • ゲーム販売で利益がでる仕組みを作ったので自由な暮らしを手に入れる

  • 普通にお金に困らないぐらい稼げている

という状態を

僕はゲーム転売で手に入れたのだ!

 

稼げるようになった僕は

約束通り息子らを「焼肉屋」に連れて行った。

 

焼肉をたらふく食べさせてあげようとしたら、

ヤツらは普段、2本までしか食べさせてもらえないウインナーに

心を奪われてウインナーばっかり注文して

肉を食べなかったw

 

微笑ましい風景だったが、

父親としては、なんだか複雑な気持ちだった。

 

嫁にも新しい指輪を買ってあげることができた!

(本当にいい値段の物を買いやがった・・・)

 

あれだけダメダメだった男

自分に対して甘い男

辛いことからすぐに逃げ出していた僕は

ゲーム転売によって

一つのことを成し遂げる事ができ、

マイナス人生がプラスの人生に変わったのだ!

 

好きなこと×インターネットビジネス

 

僕はこのことに気づけたおかげで

好きなゲームのことでお金を稼ぐ!

お金がないという悩みから抜け出すことが出来たのだ!

 

そして、

これからの人生で何があっても

自分の力と知識であらゆることは乗り越えて行けるな

という揺るぎない自信を手に入れる事ができた。

 

何事もやったらできる
やってみる

 

もし、このプロフィールを読んでくれている誰かが

こんなダメダメだった川野でも

ここまで人生を変える事ができたんなら、自分だって・・・・

と人生を変化させるきっかけになってくれれば、

これ以上の喜びはないです!

 

そんじゃ、まぁ今日も

ゲームやって遊びますか〜

 

以上が僕のレトロゲーム物語である。

 

ここまで長い文章を読んで頂きまして

本当にありがとうございます!