【プロフィール第二章】気づけば、そこも地獄だった

こんばんは。

レトロゲームマニア改め、
サラリーマン恐怖症の川野です。笑

前回のプロフィールの続き

突然のリストラで職を失い、
無職になって、

さらに、
サラリーマンはキ○ガイだ!

と、
サラリーマン恐怖症になってしまった川野

だけど、
日々の生活のために
お金を稼がなければ、やっていけない…

サラリーマンになるのが怖い
でも、アルバイトじゃ世間体が悪い。

そんな川野は
一体、どーやって問題を解決したのか…

書いていきます!

地獄への旅立ち

サラリーマンにも戻れない…

けど、バイトで食いつなぐとかも
世間体が悪い…

どうすればいいのだ、俺。

板ばさみになった川野が悩みに悩んだ末、
とった最悪の行動・・・・

それは、

クビになった派遣会社のノウハウをパクって
リストラになった同僚と一緒に

無茶を承知で
「派遣会社を立ち上げ」
起業することだった。

無茶なことだとわかっていたが、
サラリーマン恐怖症となってしまった僕は、
その時は、それしか道がないように思えた。

「独立なんて危ない、やめておけ」

「景気悪いから、今は絶対に起業するな」

先輩や友人
親兄弟、親戚

色んな人が口を揃えて
僕らの起業に反対した。

さらに嫁も

「やめてほしい…できれば、普通に働いて欲しい」

と、かなり難色を示していた。

しかし、僕らは
周りの反対を押し切る形で
サラリーマンという選択肢を捨てた。

当時、乗っていた
残りローンあとわずかのファミリーカーを売っぱらって
軽に乗り換え

サラリーマン時代に作った
消費者金融のカードでお金を借りて
資金を作った。

一旗上げて

「成功して金持ちになってやる」

と野心に燃えた。

周りのアドバイスや忠告に
全く聞く耳を持たず、起業した。

しかし、
待っていたのは
さらなる厳しい現実だった。

自分たちが派遣会社を
5年以上やってきて

スキルとノウハウを持っているから
何とかなるだろう

稼げるだろうと思っていたが、甘かった。

起業を舐めていた…

まず、多くの取引先、お客様も
先のリーマンショックの煽りを受けて
仕事の受注が減った状態だった。

仕事が減っているのに
新しい働き手なんて求められていない。

そんな中、やたら大きな声で
新しく派遣会社を立ち上げたんで
人使ってくださいー!

と元気一杯、営業に行っても

うざいだけ。

誰も人を使ってくれない。

むしろ、

「何考えてるねんコイツ」

「空気読まれへんやつやな」

という目で見られ信用を失った。

せっかく会社を立ち上げたのに
取引先が見つからなかった。

起業してゼロから仕事を生み出すとなると
サラリーマンしていた頃と何もかもが違った。

サラリーマンの頃は
会社の誰かがやってくれていた

  • 派遣の契約書関係の事務的な仕事
  • そんなに量はないけど、月ごとの請求書の作成
  • 会社の経理状況を記載する出納帳の入力

雑務に追われた。

営業に回っても
仕事がもらえなくて

1ヶ月、2ヶ月経っても
成果が出ない。

チョロチョロっと仕事が取れる程度で
売上げが立たない。

経営者は売上げがないと、
どれだけ働いても給料は出ないのだ。

月収が1万6千円になった日

そしてとうとう
起業して6ヶ月目にして給料は

¥16,000という

ありえない金額になった。

十六万円じゃないですよ、
一万六千円です。

一ヶ月の給料が。

ふえぇぇぇぇぇ〜

と心が震えました。

マジでどーしようかと思いました。

当然、嫁に怒られました。

毎月の借金の返済もある…
マジ厳しかった。

さらに借金が増えた…。

ほぼ無給に近い収入しかない僕は
深夜のバイトで食いつなぐことになった。

バイトで生活費を稼ぎながら
なんとか事業を軌道に乗せようと頑張った。

周りの反対を押し切って起業しただけに
かなり意地になっていた。

一緒に起業した相方とは、
喧嘩が絶えませんでした…。

そして起業して5年目。

意地でも会社を潰すまいと
頑張ってきましたが…

いつになっても生計が立てれない。

借金の利息だけ払うのに精一杯。

ついに元同僚は

「もう、無理だわ…俺、再就職するわ」

と言って去っていきました。

僕は一人になった

不安だった。

ファミコンばっかりしていた
ポンコツ小学生…

なんの取り柄もない
バカ高校卒業の低学歴。

若い頃、パチンコばっかしてた
努力してこなかったヤツ。

そんな自分が起業して成功するなんて
所詮、夢物語なのか…

やはり、俺のようなダメ人間が
人並みに生きていこうと思ったら、

サラリーマンという選択肢しかないのか…

僕は葛藤した。

いやだ!

いやだ!

絶対にいやだ!

もう一度、
あの理不尽な思いをする
サラリーマンの世界に行くのは、

もう絶対にいやだ!!

サラリーマンに戻るという選択肢はない!

事業をなんとか軌道に乗せて
成功するしかない!

覚悟を決めて
派遣事業と深夜のバイトを頑張った。

しかし、世の中は厳しい…

さらなる不幸が僕を襲った。

不幸の連鎖!親父がガン&母親が施設に

しかし、さらなる試練が僕を襲います。

父親が「喉頭がん」になります。

不幸中の幸いで
他への転移はなかったのですが

入院して放射線治療・抗がん剤治療を行う必要がありました。

もちろん治療費にお金がかかります。

高額医療費制度のおかげで
抗がん剤治療などの治療費は
なんとかなりましたが

入院代などで
お金がめっちゃかかりました。

さらに追い打ちで
親父を心配していた母親が

痴呆&うつ病となりました。

施設に入居しました。

なんでこのタイミングで…。

ますます、
お金がかかります。

僕は、
自分の生活もままならない収入しかありませんでしたが、

自分を育ててくれた両親を見捨てるほど
非情な人間にはなれませんでした。

借金はドンドン増えていきました。

気づけば
借金300万円。

人生、オワタ。

僕は絶望のどん底にいました。

なんでこんなことになってしまったんだろう

やはり起業なんてせずに
サラリーマンに戻るべきだったのか…

お金の心配事が尽きない毎日…

お金がない

お金がない

お金がない

わあああああああああああああああ!!!!

僕は頭がおかしくなりそうでした。

不安で夜も眠れなくなり
葛藤の日々でした。

それにしても、
この頃は、マジでお金がなかった。

貧乏川野

会社というものは運営していると、
売上げがなくても、何もしていなくても
月々、7〜8万円ぐらいのお金がかかる。

ランニングコストというやつだ。

会社というのは、
売上げはちょろっとしかないのに
お金だけが、やたらとかかるのだ。

起業には、
そんなリスクが潜んでいるのだ。

その上、両親の病院代

借金の返済もある…

そのせいで、
僕の貧乏っぷりは凄惨を極めていた。

ありえないぐらい貧乏だった。

この頃は嫁もパートに出てくれていたが
どれだけ頑張って働いても

お金はハタハタと
跳んで消えて無くなった。

そして川野家の生活費、
特に食費は極限まで節約された。

スーパーのセールで
お一人様1パック¥100の玉子を
家族4人で買いにいくのが当たり前だった。

当時、低学年の小学生の息子2人もレジに並ばせ
玉子を4パック買うことが
川野家のルーティンだった。

店員さんにどう思われてるだろう…

ママ友に見られていないか、

恥の気持ちもあったけど、
そんなこと言ってられなかった。

1パック¥100の玉子は川野家にとって
貴重なタンパク源だった。

1食¥10の食生活

また別のスーパーでは、
閉店間際に「本日、賞味期限切れ」のうどん玉が
3玉セット¥15の見切り品で売られる。

これは川野家の主食だった。

見切り品の値札が貼られる時間を狙い
スーパーに駆け込み、大量にうどんを買うのである。

週に2日はそのうどんの買い方をするから、
しまいには、レジのおばちゃんに
顔を覚えられて

「大変ね〜」

と声をかけられてしまうレベル。

超恥ずかしかった…

大量に買ったうどんは冷凍して
無理矢理、日持ちさせる。

食べるときは大鍋で7~8玉茹でる。

これまた怪しい
ディスカウントショップで買ってきた
賞味期限切れ間近、

1缶¥10の「そうめんつゆ」をぶっかけ
生卵&ネギを散らして家族全員で食べる。

ストロングスタイルのぶっかけお鍋うどんだ。

こうすることによって
一人当たり¥10でお腹一杯ご飯が食べれた。

うどんスープですら、
川野家では贅沢品だったのだ。

ちなみにネギは
一回使ったネギの根元を
植木鉢に植えておく。

育ったものを刈り取って使う、
ゼロ円で収穫できる
自家栽培ネギだ。

水だけで自家栽培ネギを作ると、ネギの風味がしないからな!(笑)

と変なこだわりを見せる川野であった。

富の象徴はチップスター

家賃が払えなくて
嫁の結婚指輪を金の買取専門店に売って
家賃を払ったりもした。

マジで平成の世の中に
こんな貧乏な暮らしがあったのか
と思うぐらい貧乏だった。

当時、川野家では

  • 吉野家で牛丼を食べること
  • チップスターを食べること

が富の象徴とされていた。

超貧乏な暮らしは、
嫁と息子たちにすごく迷惑をかけていた。

俺は、間違っているのだろうか…

理不尽を受け入れてでも、
サラリーマンに戻るべきだろうか…

毎日、葛藤した。

精神的にかなり追い込まれていた。

  • そして起業してから…
  • 友人が去ってから…
  • 両親が病気になってから…

さらに月日が流れた。

絶対、成功してやる!
と頑張っていた派遣会社だったが
鳴かず飛ばずだった。

貧乏生活も相変わらずだった。

  • サラリーマンとしてダメだった自分。
  • 起業してみたけど、稼げない自分。
  • 何をやっても上手くいかない人生。

やはり、サラリーマンに戻るのか?

いや、無理無理無理。

俺、どーやったら
この苦しい状況から抜け出せるねん!

来る日も来る日も
ネガティブ葛藤スパイラルで
頭がおかしくなりそうだった。

そして2016年も終わろうとしていたクリスマスイブ

僕に転機が訪れた。

僕は生まれ変わりたい!

いつもと変わらない貧乏な毎日。

クリスマスイブも川野家では平日と変わりません。

夜勤バイトがあったので仕事に行こうとしたら妻から

「これ、見て」と言って手紙を渡されました。

そこには息子の字で

——

サンタさんへ

クリスマスプレゼントはwill Uが欲しいです!

マリオメーカーが欲しいです!

学校でゲームを持ってないのは僕だけです。

みんなにバカにされます!

だから、絶対にwill Uをください!

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—–

そう書かれていました。

妻から聞いたのですが、
息子はゲームを持っていないせいで

友達から「仲間外れ」にされて
泣いて帰ってきたことが何回かあったそうです。

僕はそれを聞いて自分自身が
中学生の頃、ヤンキーたちにいじめられていた

「悔しさ」

「情けなさ」

「だけど、何にもできない自分」

忌々しい記憶がフラッシュバックしました。

貧乏が原因で息子が学校でいじめられている。

あの頃の自分と同じ思いをしているのかと思うと

胸が締め付けられ息が詰まりました。

何とかしてあげたくても現実は厳しく

お金がない。

「ごめんやで、そんな余裕ないわ」

と妻に伝え、息子の寝顔に謝って

仕事に行きました。

年の瀬。

クソ寒い倉庫での肉体労働を終え

朝、家に帰ったら息子が泣きじゃくっていました。

クリスマスプレゼントを期待して起きても…

will Uが届いてなかった。

サンタさんプレゼント持ってきてくれなかったー!!!

また、学校でみんなにバカにされるー!

イヤやー!

学校行きたくないー!

息子がぐずったりすると
「泣いてても、なんも変わらへんで!」
と普段は厳しい妻が

その時は優しく

サンタさんも忙しいからな、

今年はうちに来られへんかったんかな~。

ええ子にしてたら来年は絶対にウチに来てくれるよ。

ゲーム持ってないことでバカにしてくるヤツらは本当のお友達じゃないよ

そう言って息子を優しく抱きしめて
なぐさめていました。

全俺が泣きました。

クリスマスプレゼントも買ってあげれない情けない父親。

学校で嫌な思いをしている息子を助けれない父親。

貧乏な生活。

なんでこんな事になってしまったんだ。

こんな自分いやだ! 俺は生まれ変わりたい!

ちゃんとお金を稼いで
息子にプレゼントを買ってあげたい!

貧乏から抜け出したい!

毎月、毎月
借金の返済に追われる人生なんて嫌だ!

毎日、毎日うどんばっかり食べる日々。

チクショー!

心の底から湧き上がってきた怒りに似た感情でした。

サラリーマンに戻るのがイヤなら
自分の事業でしっかりと稼がないといけない!

それまで、
どこか甘ったれていた自分を見つめ直し、

もう息子を泣かしてはいけない!

家族を笑顔にしたい!

僕は本気で貧乏から抜け出してやる!

そう決意しました。

派遣の仕事にこだわらず、なんでもいい!

何かお金を稼ぐ手段はないのか僕は真剣に探しました。

そして、ネットサーフィンをしまくって見つけたのが

「ビームせどり」

という家電やおもちゃなどの転売の情報でした。

(後日談)

ちなみにこの
クリスマスプレゼントの話には
後日談がありまして

プレゼントが買えなかった川野。

数万円のwill Uは買えなかったのですが
なんとか息子にゲームをプレゼントしたいと考え

数日後、なんとか無理して
ヤフオクで数千円でファミコンを買ってプレゼントしました。

「お父さんが昔、やってたゲームや!」

といって
スーパーマリオブラザーズを買ってあげたところ、

物凄く、喜んでくれました。

この次は、ファミコンじゃなく
メッチャお金を稼いで

息子の希望するwill Uを買うぞ!

もっともっと息子を笑顔にさせてやるぞ!

と心に誓った川野であった。

目指せ!Amazon転売で100万円!

僕がネットサーフィンしてて
見つけたブログには

  • Amazon転売で月収100万円も夢じゃない!
  • 文章が書けなくてもOK!
  • 初心者でも簡単に稼げる!

そんなことが書かれていた。

よく見かける
胡散臭いネット広告で
いつもはスルーするのだが

とにかく息子のために!

嫁のために!

俺は稼がなければならない!

頭では

「そんな、簡単に稼げるとか、あり得ねぇ〜」

超ウサン臭いと感じているんだけど

  • 早く貧乏から抜け出したい!
  • なにがなんでも稼いでやる!

その時は、その気持ちが

勝った。

胡散臭いなんて言ってられなかった。

100万円あれば・・・

その言葉が僕の頭の中でぐるぐると反芻された。

100万円あれば・・・

もう、うどんばっかり食わなくてよくなる。

サラリーマンに戻った方が良いのか俺
と、毎日悩まなくて済む。

子供に「will U」だって買ってあげられる。

売り飛ばしてしまった結婚指輪だって
買い戻すことができる。

毎月100万円以上稼げていたら、
何やってても世間に認められる。

全ての問題が解決できる。

僕は、
Amazonで100万円稼げる!
と書かれたブログを読み漁っていた。

100万円あれば、
全てが解決する!

毎日、毎日
そのブログを読んだ。

病的に繰り返しブログを読んだことで
Amazon転売を自己流ながら、理解した川野は

絶対にこの
Amazon転売というものは稼げるはずだ!
という結論に至り、

その重い腰を上げて
「家電ビームせどり」という
インターネットで稼ぐ世界に
チャレンジしてみることにした。

続く

——

さて、
いよいよ新しい世界に
身を投じる決意をした川野

しかし、そこには一筋縄ではいかない
ドラマが待ってました。

どうなるのか…
完結編です!

【プロフィール最終章】レトロゲームマニア川野の誕生

【プロフィール最終章】レトロゲームマニア川野の誕生

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