得意なこと「ケンカ」とか書いてるファミコンばっかりしてた小学生時代〜

まず、小学生の頃の
レトロゲームマニアじゃなかった頃の

カワノに遡りますと

僕は毎日
ファミコンばっかりやって

マンガばっかり読んで

遊んでばっかりで
過ごしてました。

学校終わったら、

「今日、お前んチでまた人生劇場2やろーぜ!」

友達と遊ぶ約束をして

家に帰ったら
ランドセルを投げ捨て

ソッコーで自転車に乗って
友達の家に行き

ファミコンで遊ぶ

さらに
家に帰っても
ファミコンON!している

そんな
小学生でした。

ファミコンを兄に占拠されている間は

「早く、変わってくれやー」

と言いながらも
兄の横で少年ジャンプばっかり読んでました。

当時、好きで読みまくった漫画

【極!合本シリーズ】THE MOMOTAROHシリーズ1巻

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THE MOMOTAROH
というプロレスの漫画。

「おしーり、ふーりふーり、もんがもんが」

なぜかこれにハマって

教室でみんなの前で
全力でやってたわ〜

恥ずかしいわ〜

もちろん
勉強はできるわけないし、
嫌いだった。

かけ算はなんとか覚えましたが、
分数はもうチンプンカンプン。

「勉強ワカンネーヤリタクネー」

って感じです。

一回も宿題を
やって行ったことがなかった。

先生も怒りを通り越して

「コイツ、ダメだわ」


呆れられてました。

成績は3段階評価の
一番低い評価

「がんばろう」

ばっかりでした。

じゃぁ、勉強できない代わりに
運動はできたのか!?

と言うと
そうでもない。

運動もできなかった。

足も遅い。

球技も(特に野球)苦手でした。

バット振って球に当たったことない!

「こんなもん、打てるかー!」

とキレてました。

(でも、ファミスタは得意だったw)

勉強できない
運動もできない

マジでポンコツ小学生でした。

さらに
ポンコツエピソードの極みとしては

小学4年生の頃、
クラスで自己紹介のプリントを書く
というのがあって

好きなタレント:ミスターオクレ

得意なこと:ケンカ

と書いていたことでしょうw

(↑ちなみにケンカはまったく強くない。むしろケンカに負けて泣かされていたことの方が多い…)

なにを考えて
こんなことを書いたのか…

本当に思い出せないんですが…

こんなことを書いて

「俺、かっこいい!」

と思っている時点で

当時のカワノ…

頭が痛いとしか言いようがありません。

さらに小学5年生の時に
「卵かけご飯」にドはまりして

  • 朝飯(卵かけご飯)
  • 昼飯(普通)
  • おやつ(卵かけご飯)
  • 夕食(普通)
  • 夜の21時ぐらい小腹が空いた(卵かけご飯)

一日、5回の食事

「卵かけご飯うまいぜー!最高だぜー!」

って
食べていたら

身長150㎝以下
体重75㎏

丸々、太って
超デブになってしまいました。

(本物の「もんがー」の体型になってた)

ちなみにカワノ家は
そんな裕福な家ではなかったのですが

ウチの親父は典型的な昭和人間でして

「子供はとにかく腹いっぱい飯を食え!」

みたいな人で

たくさんご飯を食べると
褒めてくれたので

お調子者の僕は
親父にいわれるがまま

ご飯をたくさん食べて
ブクブク太ってしまったのであった。

メッチャデブなので
暑がりでした。

「服着てたら、暑いやん」

いつも家に帰ったら、服を全て脱ぎ捨てて
基本、ブリーフ一丁です。

夏でも秋でも冬でも春でも
オールシーズンブリーフ一丁です。

ブリーフ一丁で
ファミコンをする

宿題を一切やらない小学生…

↑マジでこの絵そのものw

この子は一体、どんな大人になるんだろう…

親も相当、心配だったと思います。

(自分の息子がそんなんだったら許せないと思う…)

(うちの親は寛容だったんだなーと思うw)

こうして

ファミコンばっかりしている
バカでチビでデブ

という
いじられ3大要素を完璧に備えた僕は
小学生卒業を迎えたのでした。

ヤンキー中学で悲惨ないじめに遭う

さて、どんだけバカであっても
日本の義務教育のシステム上
誰でも中学生になれます。

ファミコンばっかりやって
宿題をやらない僕でも

無事、中学生になれました。

(まぁ、当たり前ですが)

僕の通っていた中学は
荒れまくっていました。

恐ろしいヤンキー中学でした。

授業中、

  • ヤンキーがウロウロして、タバコ吸ってる
  • 廊下で自転車レースがはじめる
  • 先生とヤンキーが取っ組み合いのケンカをしている

そんなことが
しょっちゅうでした。

校長先生が登校拒否する学校として
朝のワイドショーにも
取り上げられたことがある学校でした。

さて、そんなヤンキー中学で

バカでチビでデブという
いじられ三大要素を持った僕が

平和な中学生活を送ることは…

もちろん不可能でした。

速攻で僕はヤンキーたちの
いじめの的になりました。

廊下を歩いていたら、いきなり蹴られる。

弁当と水筒の中に毛虫入れられる。

体育から戻ってきたら、制服ない。カバンない。

朝、学校に行ったらヤンキーにつかまって「青ボス」一分以内に買ってこい。逆らったらしばく。一分過ぎたらお前のおごり。

毎日、暴力と恐喝の日々…

中学生の間、
それが日常となりました。

「クッソ、なんで俺がヤンキーの子分みたいに、言いなりにならないといけないんだ」

そう思っていました。

もちろん、最初の頃は僕も

「やめろや!」


反抗してました。

でも、
得意なことケンカ
とか書いていたくせに

ケンカが弱いので

「何がやめろや、やねん。調子乗ってんちゃうぞ」

ボコボコにされます。

さらにヤンキーたちは
基本、2人以上で群れて行動しているので

多数VS僕(個人)

の構図です。

数的にも不利なので
勝ち目がないです。

僕は
腕力でねじ伏せられ
ヤンキーたちに逆らえなくなりました。

「くっそ!あいつら、いつかぶっ殺してやる!」

と心で強がっても
実際はなんもできない。

翌日もいじめられる。

反抗しても

「生意気だ」


いつもの倍、殴られる…

「もう、殴られて痛いのは嫌だ…」

恐怖で
逆らうこともできない…

僕はいつしか
ヤンキーの前で
ヘラヘラして言いなりになっている…。

情けない中学生活でした。

先生も見て見ぬふり…
助けてくれない。

親や兄にも

「学校でいじめられている、助けて」

なんて
言えない…。

辛かったです。

「くそおおおおお!!!」

「なんで、俺は殴られたり、奪われたりしなきゃいけないんだー!!」

「俺は何も悪いことしてないじゃないか!」

本当に「いじめ」に対して
理不尽さを爆発させ

「なんで、俺だけがこんなに辛い思いしなきゃいけなの?」

毎日、やり場のない怒りを抱えて
悩んでいました。

僕の性格は
ドンドンドンドンひん曲がっていきました。

この頃、僕は
ファミコンもやってましたが、

(この頃はスーパーファミコン)

どっちかというと
気の合う友達らと外で遊んでいることが多くなりました。

中学3年の頃は

NEOGEOの100メガショック!

  • 龍虎の拳
  • 餓狼伝説2


世に出た頃で

スーパーの裏の駐輪場の横に
ゲーム機を置いてるとこで

この2つのアーケードゲームを
やりまくってました。

学校でいじめられ…
家に帰ったら
すぐにスーパーの裏のゲームコーナーに入り浸る…

さらに僕は
尾崎豊ワールドにどっぷりハマり

生きていて何になるんだろう

俺なんてゴミ人間、死んでいなくなった方がいいんじゃないか

勉強もできない

運動もできない

誰からも必要とされていない

自分に一切の自信を持てない

超ネガティブ人間・カワノが形成されていったのでした。

続く↓

【ときめき度ゼロ】ミュージシャンになる!と言い出した青春時代のカワノ